ペットが欲しい。
残業はなくならない。
ヒールを脱ぎ捨てて、暗い八畳ワンルームへ戻る毎日に、嫌気がさす。
私は、これから何度、同じことを繰り返さなければならないのだろう。
疲れ果てても、誰も声をかけてくれない。甘えさせてもくれないし、甘えてもくれない。
せめて、この部屋に癒しがあれば。
そう、ペットとか。
私が本格的にペットの飼育を検討していたのは秋頃のことであった。
欲を言えば犬を飼ってみたい。実家で2匹のプードルも飼っており、身近なペットである。
しかし、散歩をさせる時間はないので、すぐに無理であると気がついた。
それでは猫はどうだ。
35歳になっても独身ならば、関西に戻り、公務員に転職してマンチカンやスコティッシュ・フォールドと人生を共にするのが夢である自分だ。今すぐに飼い始めても良いのではないか。
だが、この代案も実現不可能であると悟る。
自分にとって、留学へ行くことも目標の一つだ。遠くない将来、運が良ければヨーロッパでの生活となる。東京よりも物価が高い。猫も飼育可能なアパートメントに暮らせるお金を捻出できるはずがない。
つまり、現在の私が飼えるペットは、寿命が短めで、夜行性で、最低限の世話で生きていけるという逞しい品種に限られる。
私は様々なサイトで情報をかき集めた。
ウサギ、インコ、ハリネズミ、ハムスター、モルモットなどなど。あげればキリがないほどである。私の必死さを感じ取ってほしい。
一番興味がわいたのは、チンチラであった。インスタグラムでチンチラの動画を漁り、一目惚れした。ふわふわとして、それでいてさらさらしていそうな、魅惑的な毛並み。小さな丸い瞳。賢くて人懐こいらしい性格。そして夜行性。どの要素を取っても最高だった。
飼いたい。私のお供には、チンチラしかいない。待ってろ、チンチラ。
勢いで、チンチラ専門店の見学予約をクリックしそうになった。
だが、一歩手前で踏みとどまったのは、彼らの習性に関する一文であった。
「砂遊びが大好きなので、お部屋が汚れないように、専用のスペースを作ることをおすすめします」とある。
私は唇を噛んだ。
20代OLには、チンチラ様のために、2LDKへ引っ越すほどの財力はない。
そんな折、私は気がつくのだ。
動かなくても、癒しの存在なり得るものがあるではないか。
それは、ぬいぐるみ。
ぬいぐるみは最高だ。
かわいい、話さない、ふわふわ、私の愚痴には辛抱強く付き合ってくれる。
完璧ではないか。
この話をしたところ、周囲からはかなり笑われた。
「何で、ペットを諦めてイマジナリーフレンドに走るんだ」
「そんな悲しいことをしなくても、ハムスターくらいなら飼えるんじゃない?」
ごもっともである。
ちなみにハムスターを飼う気が起きなかったのは、なんとなくだ。なんとなく、もう少し人間の意思をくみ取り、成長してくれる生物の方が好ましかったという、私のエゴだ。
ごめんよ、ハムスター。とっとこハム太郎のように、へけっとしてくれる君たちのことは嫌いではないよ。
……と、キヌゲネズミ亜科には謝罪をするが、私の気持ちは変わらない。
だが、私のトンデモ意見に賛同してくれる人物が現れた。
一人暮らしである彼のマンションには、驚くほどのぬいぐるみがある。ほとんどサルで、たまにクマ。ソファーの上には、何匹もの動物が鎮座している。
「ぬいぐるみ、いっぱいいていいね。私もぬいぐるみを買おうか(飼おうか)ずっと迷っているんだよね」
オンライン越しで話していた彼は、サルのぬいぐるみを取り出した。袋に入っているサルが、画面上に一匹、二匹と増えていく。
「どれかあげるよ。自分の家、他人にプレゼントする用のぬいぐるみがあるから」
いや、どういうことだよ。
突っ込む前に、彼はそれぞれのサルに関する説明を語り始めた。
戸惑いつつも、私はぬいぐるみをもらう流れとなった。
お猿のジョージが一匹。20センチはないくらいの、ほど良い抱き心地のサイズ感だった。
彼を迎え入れるにあたって、私は寂しくないように2歳から隣にいるミッフィーと友人からもらったウサギを並べた。
新参者のくせに、ジョージの態度が一番でかい。可愛いけど。
ちょっとだけ賑やかになった自室に、思わず笑みがこぼれる。
「おはよう。今日もなでなでするね〜」
「ただいまぁ。お留守番ちゃんとしてた?」
「おやすみだね。今日も可愛いね〜」
こうして、毎日ぬいぐるみのお世話をする日々が始まった。
信州にいた時も、孤独に耐えるために、時折ぬいぐるみには話しかけていた。
知っている。寂しさを紛らわせるために、ぬいぐるみに話しかける25歳。傍から見たら、かなりヤバい奴だ。
けれども、ぬいぐるみを飼い始めてから、私の心は以前より前向きになった。
家に帰れば、彼らが待っている。
触ったら心地よい。可愛い。
いくらでも抱きしめられる。
しかも、ペットのように食費や養育費もかからない。
会社で嫌なことがあっても「早く帰宅して、ぬいぐるみを抱きしめよう」と気持ちを切り替えられる。
いい事づくめではないか。
自分がヤバい奴であることは棚に上げておき、私はぬいぐるみを飼うことに大きな喜びを見出した。
ぬいぐるみってすごい!!最高!!!
ぬいぐるみを飼う楽しさを誰かに伝えたい。いや、伝えたいなんて優しいものではない。これは使命だ。伝えなければならない。
固い意思に反して、気がつく。
この喜びと発見を共有できる人が周囲にいない。
だから、仕方なく、この雑文にまとめてみた。
何度でも言いたい。
ぬいぐるみは最高だ。
ふわふわ。可愛い。無口。お金もかからない。
いまじなりー・ふれんず達と、今日も、八畳ワンルーム。
りある・ふれんず達の、近況を、SNSで漁る。
ふわふわの生き物達は、日本酒を片手に映画を見ている私をにっこりと見ていた。