Weekly Yoshinari

Weeklyじゃなくてさーせん🙏🏻

チーズと私とマッチングアプリ⑩

前回はこちら↓です。

https://yoshinari.hatenablog.com/entry/2021/03/07/194941

【あらすじ】

マッチングアプリを使い始めたが、逆に自己肯定感の低さから病んでいったヨシナリは、3人と会った後にアプリ卒業を誓う。

アプリ休止後、仕事の先輩とデートの約束をするものの、自然消滅。友人に相談すると「もっと遊べ」とアドバイスされる。

クリスマス前に熱にうなされながら、ヨシナリは考える。「このまま独りで死にたくない」と。

悩んだ結果、アプリを再開。5人の男と会うことにしたのだった。

 

【No. 7】

名前 : 伊藤さん(仮名)

スペック : 同い年(20代前半)のホワイト企業営業マン

山本さんと会った翌々日の夜、私は伊藤さんと会うことになった。彼と会うことにしたのは、実に「なんとなく」である。なんとなく、メッセージが続いている。なんとなく、話が会う気がする。なんとなく、同い年。

そのとおり。初めてマッチングアプリを使った時と同じように、「ご飯に誘われたけど、断る理由もないから」という八方美人的理由によるのだ。

「あ、ヨシナリさんですか?」

そのため、プロフィール写真よりもふくよかな方が現れても、まったく動じなかった。後からプロフィールを見直すと、体型欄は「ぽっちゃり」になっていたので、彼に非はない。むしろ「普通体型」を選択しても良いのではと思ったほどだ。

「はじめまして、ヨシナリです」

「伊藤です」

営業マンらしい明るい笑顔で自己紹介された。

私たちは、日本酒を豊富に取り揃えている居酒屋へ向かった。カシオレ好き女子を演じようとしていない所に、半年前からの成長を感じてほしい。

案内されたのは、個室の掘りごたつだった。初めての対面が個室かと若干緊張するものの、表情には出さないように心がける。ここで緊張している姿を見せないのが私の可愛くない所で、半年前から成長していない部分だ。

そんな脳内自己分析会を繰り広げながら、目の前ではメニュー選びが始まっていた。

「どれが良いですか?好きな物とか嫌いな物とか」

「大丈夫ですよ、私は何でも食べられます」

言ってから、「何でも」は相手が困ることに気がついたため

「日本酒を飲みましょう」

と言い足した。メッセージでも、日本酒が好きなことは既に伝えていた。だからこそ彼は、このお店を選んでくれて、夜に会うことを提案してくれたのだろう。

「あ、すみません……」

ドリンクメニューを眺める私に対して、伊藤さんは歯切れ悪く苦笑した。

「俺、日本酒は飲めないんです……。サワーとかでも良いですか」

「あ、そうなんですね。全然、構いません。どうぞ、お好きなの選んでください」

そうなのか。そうだったのか。

私は笑顔を顔面に貼り付けた。

「ヨシナリさんは、お好きな日本酒選んでください」

「いや、一杯目は同じの飲みましょうよ。ビールは大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、私もビールにします」

ドリンク問題を解決し、私たちは生ビール2つを注文した。

次に待っているのは、フード選び。刺身、唐揚げ、フライドポテトと、当たり障りのない定番メニューをセレクトしていく。

「サラダも食べたいですよね」

似非ベジタリアンの私にとって、お野菜は外せない。

「あ、俺、このサラダが食べたいです!」

彼が指差していたサラダを見て、私は叫びたくなった。

そこには、山ほどブロッコリーがのっていた。

以前にも書いたことがあるが(これです。発掘しました。宇宙人たち - Weekly Yoshinari (hatenablog.com))、私はブロッコリーとカリフラワーが苦手である。あの宇宙人のようなニョキニョキした外見が受けつけないのだ。

だが、初対面の男に、ブロッコリー宇宙人説を提唱するわけにはいかない。

「……あ、いいですねー。それにしましょう!」

私はブロッコリーにご挨拶することにした。

 

同い年なんだからタメ口で良くないですか、と敬語で提案されて、お通しを食べ終えたくらいから、私たちはタメ口へと移行した。

そう言えば、マッチングアプリで出会った人と、お互いがタメ口になるのは初めてだ。

「営業って忙しそうだけど、定時で帰れるんだね」

一応、標準語も使える私は、似非関西弁を封印して、当たり障りのない仕事の話へと持ち込む。

「まあ、そんな大きい会社じゃないからね。先輩とか上司もすごく良い人だし、定時で帰れるし、今の会社は気に入ってる」

「飲み会とかも多くないの?取引先と飲み会、とか」

「ある時はあるけど、俺はあまり行かないようにしてる」

「へえ、どうして?」

聞き返すと、彼は嬉しそうに笑った。そして、自分のiPhoneを私の方に差し出す。

「俺、イラストレーターになりたいから、毎日、絵を描いているんだよ」

確かに、伊藤さんのイラストはとても上手だった。

「俺の夢は、いつか有名なイラストレーターになることなんだ。結婚しても、子どもができても、この夢だけは譲れない」

それから彼は、声を弾ませながら、自身の夢を語った。

夢を持つことは大事だ。どんなに大変なことがあっても、自分の夢だけは忘れたくない。自分には誇れるような長所はないが、イラストへの情熱だけは誰にも負けないと思っている。

ブロッコリーとレモンサワーを挟みながら少年漫画の主人公のごとく、彼は口を動かし続けた。

彼の語りには、共感できる部分があった。

彼にとっての「イラスト」は、私の場合は、「ファッション」と「芝居」だった。

中学生の頃に、私はファッションが自分の中の重要な要素になった。テレビドラマやファッション雑誌から興味を持ったのではない。家庭科の先生に勧められて、たまたま投稿したファッションデザイン画コンテストで、一次選考を通過したからだ。今考えると、大人を対象としたコンテストに子どもが投稿したことが珍しく、お情けで一次選考を通してくれただけだと思うが、たかだか一次選考通過でも、ものすごく嬉しかったのだ。

私はそれまで、自分だけの力で何かを成し遂げたことがなかった。確かに、書道展でも作文コンクールでも絵画展でも、私は入賞をすることが多かったので、他人からは「いつも何かで表彰されている」と思われていただろう。けれども実際は、先生や親に教わりながら仕上げていたものだったので、自分に実力が備わっているのではなく支えてくれる他人がすごいからだと理解していた。

ファッションは、違った。

誰にも教わらず、初めて自分だけで成し遂げたことだった。

勉強もできず、運動もできなかった私に、初めて特技を見つけてもらえたような気分になったのだ。

その後、高校進学、大学進学、就職活動と、人生の岐路に立つたびに、私はファッションとその他の道を比較し、最終的には別の道を選んできた。

「私も夢を持つことは大事だと思う。私も前は自分の好きなことをやろうと考えていたけど、色々な経験を通して、別の道を選択したんだよね。ずっとイラストへの夢を持ち続けているのは、本当にすごいと思う」

彼に構わず日本酒を飲みながら、率直で陳腐な感想を述べた。

「へぇ、何がしたかったの?」

「私の場合は、ファッション。ファッションデザイナーになりたかった。あとは役者にもなりたかった」

役者になりたかったのも、ファッションと同じ理由だ。取り柄のなかった自分に、新しい輝きをもたらしてくれた場所だから。

「でも、もう今は目指してないんだ。なんで?」

「自分には無理だと気がついたから。それから、私には他にもやりたいことがあるって気がついたから、かな」

「就活とかどこ受けたの?ファッションにしなかったんだ」

「ファッションも見てはいたんだけど、就活の時は公務員を見てたかな。霞が関で働きたかったから」

霞が関と聞いて、彼は笑い出した。大学生の頃、Aくんに希望を伝えた時と同じように。

「公務員なんて、面白くなさそうなのに。ファッションとか役者とかと全然違うじゃん」

この時私は、少しだけ。ほんの少しだけ、カチンときた。

あれだけ夢が大事と言ったのに、私の夢を否定するのか。イラストやファッションのようなクリエイティブなものよりも、官僚なんて堅苦しくて陰気臭いかもしれない。けれども、私にとっては、ファッションと同じかそれ以上の夢だったのだ。

「そうかな。私は、ファッションともお芝居とも同じだと思うよ。確かに、ファッションとかお芝居は、観た人の心を幸せにすることはできると思う。だけど、社会全体を幸せにすることはできない。それが、とてつもなく無力だと感じちゃって。私は、自分の作品を観た人だけじゃなくて、もっとたくさんの人に社会的にも経済的にも幸せになってもらいたかったから、それだったら公務員になるのが良いのかなって思ってたんだよね」

「その考え方はなかった」

言いたいことを吐き出した晴れやかな私に、彼は否定も肯定もしなかった。

日本酒を飲みながら、思った。

たぶんこの人とは、価値観が違う。

日本酒やブロッコリー、夢に対する考え方。

友達としては良いけれど、それ以上の関係になるためには、妥協を重ねなくてはならない。

 

地下鉄のホームで、LINEを交換した後、伊藤さんとお別れした。

「今日はありがとう!また会おう!」

もう二度と会わないだろうと思いつつ、

「こちらこそありがとう!予定が合えば会おうね」

と返信した。

また、八方美人。はっきり断れば良いのに。やっぱり人間、そうそう簡単には成長できないのだ。

 

【No. 8】

名前 : 中村さん(仮名)

スペック : 同い年(20代前半)のプログラマー

中村さんと会うのは昼下がり。おやつの時間。夜ご飯は友達と食べる約束をしていたので、2時間くらいの滞在を目処にしようと、2週間ぶりに新宿へ向かった。

彼に会うのは楽しみよりも安心感が勝っていた。

これが終われば、もう誰にも会わないでいいのだと、定期試験最終日のような心持ちでいた。詰まるところ、私は彼に対してあまり期待をしていなかったのである。

友達と夕食の場所を決めるためにLINEをしつつ、東口で待つこと約10分。中村さんが現れた。

「あ、ヨシナリさんですか?はじめまして。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

小柄な男性だった。挨拶を交わし、私たちは近くのカフェへ向かった。奥まったビルの2階にあり、週末のわりには空いている。

「ここのカフェ、こういう時によく使うんです。穴場スポットなんですよ。でも最近、まとめサイトに取り上げられちゃってて、前よりも混んでしまいました」

「へぇ、オシャレですね」

日本酒と言われれば、フルーティー。ハンバーグと言われれば、ジューシー。同じように、カフェと言われればオシャレという安易な感想を抱くようになってしまっている私は、取りあえず褒めておいた。「こういう時」とは「どういう時なの?」なんて突っ込みは封印して。

周囲は女性同士で来ている人が多かった。そして、褒めていた言葉は間違っていなかったのか、甘い物の種類が多い。私は、数時間後は友達と夜ご飯を食べに行くというのに、欲望に抗えずにパンケーキを注文してしまった。

はっきり言うと、中村さんとはまったく共通点がなかった。仕事も趣味も、何もかも。では、どうして直接会おうと思ったのかといえば、頭が悪くなさそうだったから、という私の傲慢さによる理由である。

「普段、人に相談するタイプですか?それとも相談されるタイプですか?」

中村さんの質問に、私はしばし考える。

友達には相談するが、親には相談しない。友達の中にも、私に相談してくれる人もいれば、他愛もない話で終わる人もいる。

「うーん……どっちもですかね。相談もするし、相談されることもある」

「そうなんですね。僕は人から相談を受けることの方が多いタイプです。高校時代くらいですかね、皆が僕に恋愛相談してくるんですよ。大学に入っても同じで。自分自身は、マッチングアプリ使うくらいモテないんですけど」

「今まで、彼女さんはいたんですか?」

「いたけど、ちょっと変な人でした。まともな人に好かれた試しがないんです」

「分かります。私もです」

激しく同意した私たちは、それから今までの人生で自分の身に降り掛かってきた数多くの悪運・不運について語り出した。

彼自身は、とても良い人なのだろうと思う。優しい雰囲気で、他人からも頼られているのは本当だろう。自分の能力に誇りを持っていることも何となく伝わってきた。

だが、一歩踏み込んだ関係になれる自信はなかった。

「僕は、親がまともではないんです」

ビールを飲みましょう、という誘いと同じくらいサッパリした口調で、彼は切り出した。

「刺青が入っていますし、かなり家庭環境が荒れていて。僕も中学生くらいからお酒を飲んでいました。親が放任主義で、許してくれるから」

こういう時、なんと答えれば良いのだろうか。

「……えっと、なんかすごいですね」

小学五年生のような感想が口をついたが、それだけではダメだろうと付け加える。

「私は逆に、親が厳しくて。親自身は、すごく緩く育てたと思っているので、私と親とで子育ての認識に差があるのですが、テストは100点以外だと怒られましたし、客観的に見て厳しかったと考えています。だから、なんか、あの、まったく違いますね」

「厳しい方が羨ましいですよ。僕は、親から学んだことなんて何もないんです。大学の費用を出してくれたのだけは、ありがたかったですが」

「たぶん、中村さんのご両親と私の両親を足して2で割ったら丁度良いのかもしれないですよね」

驚くべき中村さんの母親エピソードを聞きながら、5人目に出会った渡邉さんとは別の意味で別世界の住民だと思った。

自分の人生を振り返ると、小学生の頃は荒れた地域に住んでいたために、アウトローな両親を持つ同級生と時間を共に過ごしていた。たぶん荒れた田舎の学校あるあるとは思うが、校内で爆竹が鳴り響くなんて日常茶飯事だったし、金髪の同級生もちらほら見かけた。だから、何となく中村さんの過ごしていた環境は、想像できる。

それが、中学からは一転した。県内富裕層が多く在学する、隣の市の中学へ通うことになったためだ。国公立中学へ進学したため、私はてっきり「自分と同じ環境の子が多いのだろう」と思い込んでいた。私立中学は裕福な家庭が多くて、国公立中学なら勉強熱心ではあるがサラリーマン家庭が多いはずだと。しかし、実際はまったく違った。周囲には医者やら大学教授やらのご子息が溢れており、自分の過ごした6年間とのギャップに戸惑いを覚えた。

この世界には、こんなにたくさんの「お金持ち」がいて、生まれ育った環境が違うと言葉遣いや話題まで違うだなんて。

私はと言うと、渡邉さんの家庭とも中村さんの家庭とも違う。親の学歴的には中村さんと近いかもしれないし、青春時代の環境は渡邉さんと近いかもしれないので、中間点とも呼ぶべきだろうか。

ただ恋人を見つけるだけなら、私は誰と付き合おうと勝手だ。自分の心とさえ、折り合いをつけられれば。

けれども、結婚は家同士の問題でもある。法律上は、婚姻届さえ提出してしまえばこっちのものかもしれないが、そんなシェイクスピアの悲劇じみた行動で穏便に物事が終えられるほど世の中は甘くない。少なくとも私の両親は、例え本人が好青年であっても、荒れた環境で育った人と結婚することに反対するはずだ。

私の意思だけでなく、周囲の感情まで慮らなければならない。

ただ出会って笑って相手の良い点を探すだけではだめなのだと、彼と話したことで現実を突きつけられた。私は心が狭い人間だから、彼のバックグラウンドまで含めて受け入れられる自信はなかった。

中村さんとは、LINEだけ交換した。メッセージを送り合うこともなく「友だち」になった。

 

全員と出会い終わりました。おつかれ私。

約3か月間投稿し続けましたが、次回はついに最終回(たぶん)です!