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もうここにはいたくない。消えてしまいたい。
そんな思いを持ちつつも、私はなかなか海外旅行へ踏み出せずにいた。お金と時間を遣うべきは語学だろうという不安感が勝り、自分のメンタルを支えることは二の次になってしまっていたからだ。
そんなわけでウラジオストク逃亡計画が頓挫した後、日本出国予定がゼロだった私だが、社会人4年目にしてようやく海外へ行く目途がたった。
それが海外大学院への留学だ。社会人6年目から8年目にかけて、約2年間をヨーロッパで生活することになった。
ヨーロッパでの生活が具体化することは喜ばしい。現地で暮らせば、ヨーロッパ旅行をする機会もあるだろう。
しかし、海外留学が決定したからといって、自分の悩みが消え去るわけではない。アラサーの独身女性が2年間も海外へ暮らすことに対して、周囲は様々な反応をする。深い意味がないとは分かっているが、私はそこまで精神的に強くない。今まで内在化していた悩みが他人の目に触れたことにより、自分が普通の人生を歩めない事実が浮き彫りになったようで、弱っていた心には引っかき傷が増えた。
「旦那を探しに海外へ行くの?そのまま永住とか?」
「アラサーで留学して、結婚はどうするの?日本に戻ってきたら、30歳過ぎるんでしょ?」
「いま彼氏いなくてもいいじゃん!現地で見つかるかもよ?」
こんな質問をされるたびに、「違いますよ~、大学院進学ですよ~、それに私は日本に戻るんで~」とおどけてみせるので精一杯だった。帰宅後にパスタを食べながら、一人で泣いた。
誰よりも、自分自身が分かっているのだ。生きるのがヘタクソなのだと。
SNSを通じて、海外で暮らす同級生の近況を見かける。だが、彼女たちは「夫への帯同」というステータス。「海外大学院留学」なんて、一人もいない。
同じようにアラサーで海外へ行くとして、仮に私が「海外大学院へ社費留学する夫への帯同」という立場なら、誰からも疑問を持たれなかっただろう。もしくは、私に彼氏や婚約者がいれば、投げられなかった質問だろう。
彼氏すらいないアラサーのくせ、婚活もせずに、海外大学院進学。
一般常識に照らして普通ではない自分のことが、ますます嫌になった。
もちろん、ヨーロッパで生活することは、自分の憧れではあった。だが、留学を検討してから実現するまでに8年くらいかかっており、進学先が決定した時でさえ、海外生活に夢を膨らませるようなことはなかった。
留学は旅行と違い、非日常へ逃げられるわけではない。
「ヨーロッパで生活なんて、毎日楽しそうでいいね」なんて周囲から声をかけられるので、「バカンス気分を楽しみますね!!」と答えてみるものの、内心ではそこまでヨーロッパでの生活に期待もしていない。手放しで喜ぶものでもない。夢も見ていない。学生登録、滞在費の工面、ビザ申請のスケジューリングなど、「やることリスト」にチェックを入れつつ、すでに辟易しているくらいだ。
留学なんて、あくまで生活基盤が日本からヨーロッパへ移るだけ。日常生活の延長だ。
現実逃避をするには、海外留学では足りない。このままでは、心を休める暇もなく海外に飛び立つことになる。
それは嫌だった。
私が得たいのは、非日常の体験。やはり自分の心を救うためには、同行者のいる海外旅行ではダメだ。自分1人でどこかへ逃亡しなければ。
この考えに至り、私は留学前に海外旅行をしようと決意した。
社会人1年目の部署と異なり、現在の部署は休暇も取得しやすい。特にゴールデンウィークなら、誰の目も気にせずに休めるはずだ。
ウラジオストク逃亡計画が白紙となった今、別の国を探さねばならない。今回はヨーロッパへのこだわりはゼロ。
狙うは東南アジアだ。
旅行記を漁った結果、フィリピン、タイ、ベトナム、シンガポールが候補国となった。東南アジア旅行の定番ともいえる国々だ。
どの国も特徴があって楽しそうだが、一番惹かれるのはベトナムだった。
もともと、エスニック料理は大好き。本場のバインミーやフォーや生春巻きを食べてみたいし、女性におすすめらしいホイアンのカラフルな街並みには心が躍る。フランス統治時代の面影が残るホーチミンにある大聖堂も見てみたい。ハノイも含めて複数都市へ行ってみるのも良さそうだ。
フライト時間は約5時間ほどらしく、直行便もある。ゴールデンウィークの3~4日を使うだけで、十分に観光を楽しめそうなのも高ポイントだ。
自分の心はほぼベトナム旅行に傾きかけていた一方、決め手にかけるというのが本音だった。
ウラジオストク逃亡計画をたてた時は「どうしてもウラジオストクがいい!!」という譲れない感情が沸いたものだが、ベトナムに対してそのような愛着はない。人気の都市らしいし、料理も美味しそうだし、女性ひとり旅におすすめなくらい治安も悪くなさそうだし、初の海外ひとり旅の渡航先としてはベターだなという気持ちだった。
ヨーロッパに留学すると、アジア旅行はしないだろう。これが人生最後のアジア旅行になるかもしれない(大袈裟)。
本当にベトナムでいいのか? あとから別の国にすれば良かったと後悔しないか?
迷いがあるものの、他により魅力的な候補地やこだわりがあるわけではない。
何かが心に引っかかるのに答えはでないまま、安い航空券の検索を始めた。
(続く)