Weekly Yoshinari

Weeklyじゃなくてさーせん🙏🏻

チーズと私とマッチングアプリ⑨

前回はこちら↓です。

 https://yoshinari.hatenablog.com/entry/2021/02/26/204427

【あらすじ】

マッチングアプリを使い始めたが、逆に自己肯定感の低さから病んでいったヨシナリは、3人と会った後にアプリ卒業を誓う。

アプリ休止後、仕事の先輩とデートの約束をするものの、自然消滅。友人に相談すると「もっと遊べ」とアドバイスされる。

クリスマス前に熱にうなされながら、ヨシナリは考える。「このまま独りで死にたくない」と。

結果、アプリ再開を試みるのだった。

 

【No. 5】

名前 : 渡邉さん(仮名)

スペック : 某有名国立大学院生。初の同い年(20代前半)

 

彼は、初めての同い年の相手だった。前述したように、私は相手の年齢については、よほど離れていない限り気にしないのだけど、それでも何となくの安心感はあった。

メッセージから、私は明るくて頭が良い印象を抱いた。理系の大学院に通っているらしいのに、文系人間である私の話に対しても適切(よりも少し高度すぎるほど)な質問を返信してくれた。まさか、たかだかマッチングアプリで私の卒業論文への質問と感想が来るとは思わなかったし、そんなことを聞いてきたのは彼だけだ。博物館や美術館へ行くのも好きらしい。頭も良いし、話も合うし、外見も整っている。

完璧なのでは。

このように好印象だったため、ランチの約束をした時の期待値は他の人よりも高かった。

ランチはオシャレそうなイタリアンだった。富裕層のマダムが通っていそうな。

「私、お店の前で待っていますね」

例のごとく、心配性のために10分前行動を心掛けている私は、お店の前で彼の到着を待つことになった。

「もしかして、ヨシナリさんですか」

声をかけてきたのは、背の高い男だった。今までアプリで対面した人の中で、一番高身長だ。前髪と太い黒縁メガネのせいで、顔色が窺いにくい。

「そうです。渡邉さんですか?」

「はじめまして。渡邉です」

なんというか、思っていた人と違う。

メッセージの時の絵文字と感嘆符付きの会話ノリはどこへ行ったのだ。

「入りましょうか」

「そうですね。ありがとうございます、お店探してくださって」

いえ、と彼は短く答えただけだった。

やはりと言うべきか、店内には上品そうな中高年しかいなかった。私たちのような20代前半は見当たらない。中流階級の人間が、貴族の舞踏会に足を踏み入れちゃったような気分だ。

中世のお城にありそうなシャンデリアがきらめく、奥まった座席に案内された。初対面の男女が来るにはハードルが高い。高すぎる。

「……なんか、すみません。僕の思っていた感じと違いました」

向こうも気まずさを感じたのか、店員の姿が見えなくなると、小さな声で謝罪をした。

「いえ、気にしないでください。私、こういうお店好きですよ!日本文化よりも西洋文化の方が好きなんです。綺麗なお店ですよね」

気を取り直して、私はメニューを開く。料理のイメージがわかない名前が並んでいた。パスタって、パスタという名前じゃないのか。なんか、イタリア語学んでたとか宣ってすみませんというレベル。

「……パスタって書いてある中から選びますか」

「そうですね」

渡邉さんの提案に同意し、お互いにパスタの項目から単品料理をセレクト。本当はキャビアが好きなので、キャビア添えサラダを食べたかったのだが「私、キャビアが好きなんです」とか口にすると、似非ブルジョワ感が満載だったので自重した。

「肉料理とかにしないで良かったですか」

「はい。脂物が苦手なんです。むしろ、肉よりも野菜の方が好きなくらいで」

「僕もです。脂物が苦手で。だから、学食でも食べられるものが少ないんですよね」

「分かります、私もです。なんでカツ丼とかアジフライとかばかりなんでしょうね」

注文を終えると、私たちの間に沈黙の壁ができた。

そう言えば、鈴木さんの時もこんな感じだった。対面よりもメッセージの方が明るくて、会話量が多い感じ。もしや、同種族か。

「今、大学院生なんですよね。私の友達も、大学院生の子が何人かいますけど、理系の人って大変そうですよね。研究とか忙しそうで」

勝手に、渡邉さんを鈴木さん属性にカテゴライズして、私から話題を提供することにした。

「そうですね。だけど僕は、研究が好きなので、そこまで苦じゃないです」

「春からは就職ですか?」

「いえ、そのまま博士に進学です」

「研究者志望なんですか?」

「いえ、特に進路を決められなかったからってだけです。それに、両親も博士まで行ったので」

面接官になった気持ちで質問を繰り返すうちに、何となく彼の生きてきた世界が分かった。

いわゆる高学歴エリート層だ。高学歴の両親の元に生まれて、幼い頃から文化資本に恵まれた都市で過ごし、中学からは名門男子校へ進学。高校卒業とともに有名国立大学へ進学し、現在に至るーードラマの登場人物みたいだ。マッチングアプリなんて使わずとも、アピール方法を誤らなければ女性が群がりそうなほど。

運ばれてきた太めの麺をしたパスタをフォークに巻き付けながら、私は向かいに座る人とは世界が交わらないような気がした。

「ヨシナリさんって、どこの会社にお勤めなんですか。プロフィールに、残業が多くて、地方勤務とか海外勤務もあるみたいに書いてましたけど」

私は、自分の勤め先を答える。私の業界は、彼の通っている大学が母校である人も多い。それこそ、高学歴の両親の元に生まれて、名門私立中学から難関大学へ進学して……という、華々しい経歴の人が。

「それは大変ですね。僕の友達も、××で働いている人がいますが、深夜まで家に帰れなくて大変だと言っています」

「ああ、うちの会社よりも××の方が忙しいですからね」

彼には、私の職場環境の内情がするりと伝わる。どのような仕事をしているのかも、何となくのイメージを持った上で話ができる。それは、とてもありがたくて、嬉しいことであるはずなのに、私は気持ちが暗くなった。

私の職業は、確かに華々しい経歴の人に溢れている。自分自身、就活生の時に説明会に参加した際、ハキハキと意見や質問を述べる周囲に圧倒されて、この道は諦めた方が良いのではないかと落ち込んだりもした。(ちょうど、Aくんとの「Twitterブロック事件」前の口論(「私とチーズとマッチングアプリ②」参照)があった時だから、余計に。)

彼は想像できるのだろうか。理解できるだろうか。

高卒の父親の元に生まれ、両親どちらの地元でもない地方都市で、周囲の大卒の家庭から蔑まれて過ごし、両親が悔しさをにじませる姿を間近にする環境を。

私は大学生の頃、霞が関で働くことを夢見ていた。それは、ただ「国を動かす仕事につきたかった」という理由だけではなかった。

自分のように、両親の学歴や家庭の経済状況で悩む子どもを増やしてはならないと考えたからだけでなく、自分自身も貧しい経済状況から抜け出せる職業に就きたかったからだ。そして、民間就職についても、「国や世間に影響を与えられる」という観点とともに、年収を重要視した。将来、自分の子どもが生まれた時は、金銭的な不自由をさせたくなかったから。

「なんで、今の職場を選んだんですか?」

渡邉さんが聞いた。

「理由は、色々なんです。ただ、自分には向いていると思ったからでしょうか。私が今後の日本を考えた時に『このままで良いのかな』とか思ったりすることもあって。ファッションが好きなので、好きを仕事にすることも考えて、ファッション業界を見たりもしたんですけど、結局、今の職場にしました」

私の回答に、彼は頷いた。

「羨ましいです。きちんと目標があって」

「そうですか?渡邉さんの方が、色々な可能性があるじゃないですか」

「いえ、僕には夢がないんですよ。院進も何となくですし。博士に行くにしても、別に研究者になりたいわけじゃないし。学んだことを生かしたいって思いはありますが、具体的な方向性が分からないままなんです」

「夢があってもなくても、生きていくことに変わりはないんだから、大丈夫ですよ。それに、博士ならあと3年もあります。考える時間もまだまだあるんですし」

きっと、彼には彼なりの葛藤があって、それは私には分からない。彼のような華々しい経歴を僻んでしまう気持ちが、きっと彼に伝わっていないのと同じように。

駅で別れた後、渡邉さんからメッセージがあった。

「今日はありがとうございました。今度は、もしよろしければ、一緒に博物館へ行きませんか?来月までの特別展があるんですが」

私も気になっていた特別展だった。

「こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです!私も行きたいやつです。ぜひ行きましょう」

送信。

 

【No. 6】

名前 : 山本さん(仮名)

スペック : 20代後半の一級建築士。 

 

伊藤さんと渡邉さんの印象が良かったため、山本さんにも期待を抱いていた……わけではなく、当方はコミュ障であり、慣れない人と話すことにストレスを感じるタイプだ。そろそろ精神的に疲れてきたので、待ち合わせ場所に向かうだけで億劫だった。それは、もう約束をキャンセルしたいほどに。

だが、当日ドタキャンなんて曲がったことは嫌いだ。約束は、守るもの。

私は待ち合わせ場所に向かう前に、デパートに寄ってフレグランス物色をし、自分の気持ちを奮い立たせた。こんなに世界は輝いているんだから、今回も大丈夫!!さながら、B級恋愛映画の主人公だ。

「ヨシナリさんですか?」

声をかけてきたのは、爽やかな男性だった。先に見つけてくれて助かった。私は彼の顔を覚えていなかったからだ。

「そうです。山本さんですか?お仕事終わりに会ってくださって、ありがとうございます」

「いえいえ。僕が誘ったんですから」

すごいにこやかだ。営業マンにいそうな雰囲気。

「お店、ここから近くなんです。イタリアンを予約しましたけど、大丈夫ですか」

「はい、大丈夫です。ありがとうございます、イタリアン好きなんです」

「メッセージでも、そうおっしゃっていたから」

彼と会う約束をしたものの、お店は「当日のお楽しみ」と言われていた。良い人認定がガバガバなので、お店を探して予約してくれるだけで、評価が上がる。

到着したのは、大衆的だがちょっとオシャレなお店だった。ブルックリンにありそうな感じ。つまり、肩肘張らずに会話ができそうな最高のチョイスということ。

「何を食べましょうか。僕も初めてなんですよ」

「結構、色々なお料理があるんですね」

このお店は、店員さんがとても丁寧だった。おすすめの料理について、おすすめする理由まで丁寧に教えてくれる。

「イタリアンなんですが、ステーキの方がおすすめなんですよ。うちはソースがちょっと変わってて」

「へえ。それは面白いですね」

その説明に対して、山本さんは丁寧に返答をする。個人的に、店員さんへの態度が良い人は好感度が高い。お客様は神様教信者のような人は、どうも苦手なのだ。

「何か食べたいのありますか?」

「せっかくなら、イタリアンですけどステーキにしませんか?」

「僕もステーキにしたいと思っていました。どの量を頼むかは、注文する時に店員さんに聞いてみましょうか」

「そうですね。多すぎたり少なすぎたりしたら嫌ですし」

注文したい内容が一致したところで店員さんを呼び、適当な量のステーキとサラダ、魚介料理とビールを告げた。あれ?イタリアンに来た意味とは。

「お仕事は今日からなんですか?」

「いえ、昨日からでした。ヨシナリさんは、まだ冬休みなんですか?」

「そうなんです。一週間有給を取ったので、同期や先輩に迷惑をかけてしまっていそうで申し訳ないんですけど。休み明けで、メールとかたくさん来ていそうですし」

「同期なら迷惑かけても大丈夫ですよ」

私の「迷惑をかけている」は山本さんの想像以上のものだし、それをこなしてくれている同期と先輩への感謝に溢れているのだが、それを山本さんに語るのもおかしいので心に留めた。

「冬休みは何をしているんですか?実家に帰ったり?」

「はい。年末年始は帰りました。この一週間は、来週から会社に行きたくないなって思いながら家でゴロゴロしているだけですけどね」

「それも良い過ごし方ですよ」

「仕事始まると、昼寝できないじゃないですか。だから、今とばかりに、寝てしまうんですよね」

「僕も休みの日はそんな感じですよ。メッセージには、博物館とか美術館へ行くのが好きって書いたじゃないですか?実際は、お恥ずかしながら、なかなか行けておらず」

「私も同じです。週末に行こうと思っても、混んでたりしますし。午前中に行けば違うのかもしれませんが、どうしても寝てしまうんですよね」

私と山本さんは、会話が弾んだ。それは、共通の趣味があったというのも大きいだろう。夏に会った大学生の高橋さんも「美術好き」と言っていたが、知識が豊富なわけではなかった。しかし、山本さんは建築士という職業柄もあり、基本的な美術史、とりわけ建築史の知識があった。

「好きな建築家っているんですか?建築士の方から見て、この人はすごいなって人とか」

「うーん。建築家ではないですが、僕はバウハウスのデザインは好きです……あ、バウハウス、ご存じですか?」

「はい、知ってますよ。ドイツの建築学校ですよね。近代的なデザインが多いってイメージです」

「そうですそうです。昔の教会建築もすごいなと思いますが、モダン建築の方が学ぶところもあって面白くて好きなんですよ」

自分も1900年代前半が好きなので、彼の感想にはとても共感ができた。

優しい、趣味が合う、話を聞いてくれる。

……あれ、私がAくんと付き合う前の若かりし頃の相手に求める条件、すべてクリアしているではないか。

ステーキが運ばれて、中盤に差し掛かった頃、私は思わず聞いた。

「失礼かもしれませんが、山本さん、モテますよね」

あの夏に出会った高橋さんと同じ質問をしてしまう日が来るとは。

山本さんは苦笑した。

「それが、まったくなんです。ヨシナリさんも、モテますよね」

「たびたび言われるのですが、まったくです。なんでなのか、自分でも分からないんですけど」

私たちは、互いを謙遜し、笑いあった。

マッチングアプリで出会った者同士が、お互いの傷を舐めあう優しい世界。

だが、お世辞抜きに、私は彼はモテそうだと思った。

「ごちそうさまでした。ステーキ、お勧めしてくださってありがとうございました。美味しかったです」

店員さんへの優しさ溢れる返答に、確信した。

絶対に優しいし、絶対に良い人だ。もはや欠点ないのでは。

駅までの道で、山本さんは言った。

「今日はとても楽しかったです。次も会ってもらえませんか?一緒に美術館に行きたいです」

「いいですよ」

最初とは打って変わり、私の気持ちは晴れ晴れしていた。

 

さて、残すところ2人になりました。

今回、出会う人が全員良い人なのですが、このまま温かい心でマッチングアプリを巣立つことができるのでしょうか。そして、この中に、もしや未来の……(「私とチーズとマッチングアプリ①」で「私はお一人様」と書いていたやん、という突っ込みは受け付けておりません(笑))

もう少しお付き合いください。