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チーズと私とマッチングアプリ④ - Weekly Yoshinari
マッチングアプリを使い始めたが、逆に自己肯定感の低さから病んでいくヨシナリ。
そして、最後に出会うこの男こそ、私に強烈なインパクトを残したのだった……。
※
【No.3】
名前 : 高橋さん(仮名)
スペック : 東大卒。有名企業に勤務する30代前半。
※
私の欠点は変に生真面目で八方美人なところだ。そのため、誰からメッセージが来ても、大体は何らかの返信をしてしまう。それが例え、ちょっと変わった人とでも。
高橋さんとのメッセージ内容は、他の人とは明らかに異なっていた。「趣味は何ですか?」や「お仕事忙しいですか?」ではない。「宇宙の成り立ちについて如何に考えるか」や「昨今の日本の教育事情について」等、論述試験のような問いが送付されてきた。
「この人はヤバいやろ。マッチングアプリでこんなこと聞かへんって」
友達からは心配されたが、メッセージを切るのも申し訳なかったので、宇宙の成り立ちに関する一考察やら日本の教育における改善点と展望を返信し続けた。
これに気を良くしたのか、高橋さんからは、このようなメッセージが届く。
「会いたいです。早急でごめんなさい。僕、我慢できなくてせっかちなんです」
断れよ、ヨシナリ。普通なら、逃げる。
だが、私は普通ではない。考えてみて欲しい。私は、友人一同から「やっと別れた!おめでとう!」とお祝いされるほどのヤバい奴だったAくんと3年半も別れられないほど、他人の目線を気にする性格である。高橋さんからのメッセージにも私の欠点が遺憾無く発揮されることになる。「ここで断ったら、高橋さんは悲しむだろうな。申し訳ないな。期待してくれているだろうに」と同情心が働き、私は彼とのデートを承諾することにしたのだ。
私たちは、博物館へ行った後にイタリアンで晩御飯をすることになった。イタリアンについては彼が探してくれなかったので、私が適当に食べログで上位だったお店をピックアップした。
「博物館行ってから、イタリアン行くまでに結構時間ありますよね?東大見学しませんか?」
なぜそこで、候補に母校見学があがるのか。行っても楽しくないのは明らかだ。それとも「え!!私、東大とか行ったことないんですよ〜。ぜひ案内してください」という反応を期待していたのだろうか。
私は丁重に断った。
「いえ、東大は友達が通っているので、行ったことがあります。大丈夫です」
「そうなんですね。でも、どうしても時間が余って行くところがなくなったら、行きましょう」
東大へのこだわりが、強い。
博物館の最寄り駅にて、おやつの時間に待ち合わせしていた。身長175cmとプロフィールに書いていたので、さすがに佐藤さんと鈴木さんのようにはならないだろうとは思ったが、念の為にと踵は低めのサンダルで向かう。
3番出口にいる旨のメッセージを確認し、私はプロフィール写真と同じ顔の男性を探した。
遠くからでも分かった。たぶん、あの人だろうと。そして、佐藤さんと鈴木さんの時以上に帰りたい気持ちになった。別に彼が不潔だとか、見るからに怖そうだとか、そういう理由ではない。いたって普通の外見である。
それなのに私は、彼の隣にいたくなかった。
「ヨシナリさんですか?はじめまして。高橋です」
彼はニコリともせずに片手をあげた。
「正直、プロフィール写真と同じ顔の人が来たので安心しましたよ。すぐ分かりました」
「はじめまして〜。私もすぐ分かりました」
嘘ではない。プロフィール写真よりも老けては見えたが。いや、30代前半としては一般的であり、プロフィール写真に若い時のものを使っていただけかもしれない。
「行きましょうか」
口角を上げないまま、彼はスタスタと歩き始めた。
ふと頭の中を過ぎったのは、私の同僚や先輩や上司だった。私の職場は、ちょうど高橋さんと同い年くらいの30代前半の人が多い。彼らの方がもっと優しくて、賢くて、尊敬できる人だと思えた。
「僕がチケット買ってきますね」
高橋さんは、鈴木さんと同じく、チケットを買ってきてくれた。
「お金払いますよ」
「あとで良いですよ」
鈴木さんの時のように、手に千円札を押しつけることなく、私はお礼だけ伝えた。
博物館は、展示と体験が一体型になっている学習施設のような場所だった。
まずは宇宙の歴史を説明する部屋へ連れて行かれた。私たちは、プラネタリウムのように寝転び、そのVTRを見上げた。
「なんか懐かしい気持ちになりますね。プラネタリウムみたい」
「ああ、子どもの頃ってプラネタリウムに行きますよね」
話しかけると、一応返答してくれる。だが、居心地の悪さはこの上ない。会話の切り口が見つからなかった。
『それでは今から、宇宙の歴史を体験してみましょう』
部屋が暗くなり、ナレーションが開始した。これで会話をする必要もないと安心したのもつかの間
「実際、ビッグバンってどんなものだったと思います?宇宙ってとても広いから謎が多いじゃないですか。僕は、今分かっている事実が確かなものとは言い切れないと思うんですよ」
などと語り始めた。おまけに、何が面白いのか分からないが、突然、笑い出した。大丈夫か、この男。
プラネタリウム形式のVTRが終了すると、私たちは体験型の展示に移動した。「無重力を体験しよう」や「パズルに挑戦しよう」といったコンテンツが並んでいた。子どもだけでなく、若いカップルや友人同士など、多様な組み合わせが展示を楽しんでいる。
「高橋さんもやりますか?」
私は笑顔で聞いてみた。こういう時、Aくんとは高得点対決をして楽しんでいたからだ。
「いえ、僕は結構です」
暗闇で笑っていたのが冗談かのように、彼は無表情だった。
「こういうことして負けると悔しいので」
図らずも、悪しき思い出となっているAくんにポイントが加点された。
ミュージアムショップまで一通り見終えた後、夜ご飯までは中途半端な時間が余っていた。
「東大には行けそうにないですね」
大丈夫だ。私はそもそも行く気はない。
「ちょっと座っておきましょうか」
代替案を出すわけでもなく、彼は博物館入口にあった椅子に腰掛けた。
展示についての感想で何とか会話を繋げる。この人とこれから数時間を過ごさなければならないことを考えると、気が重かった。
しかし、自分の長所は、決めたことはやり遂げることである。この場から逃げるという選択肢はなかった。
私は彼とともに、私が探したイタリアンレストランへ向かった。道中でも、彼の仕事の話や私の仕事の話で場を持たせた。お互い、特殊な業界のため、業務内容は無難な話題であった。
イタリアンレストランには、デート中のカップルで溢れていた。私と高橋さんも、店員にはカップルだと思われているのだろう。マッチングアプリで知り合った初対面の人かなんて、他の人には伝わるものなのだろうか。
「チーズとチョコは食べられますか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「じゃあ、ピザとパスタと甘いものとか頼みますか?」
それとなく好みを確認しつつ、佐藤さんの時とは異なり、自分から提案した。ここまで来て、カシオレ好き女子を演じても仕方ない。職業だってバレているし、お店を選んだのも私だ。
「僕は少食なので、そんなに要らないです」
「あ、そうなんですね。私もそこまで食べる方じゃないんですよ。それなら、取りあえず、ピザとか頼みますか」
「そうですね」
東大卒で頭は良いのだろうが、何となく頼りがいのない男だ。相手に依存するタイプではないので、リードして欲しいとまでは思わないが、年下の女の子と出かけるのならば、佐藤さんのように率先して決めてくれる例の方が多いのではないだろうか。
高橋さんは、体格に似合わず食が細かった。そして、頻繁にトイレへ行く。個人的に、よほど体調が悪い時を除き、食事中に中座回数が多い相手は苦手である。各人によって体調は違うから仕方ないのだけれど。
「僕は、大学時代まではモテていたんですよ。東大生だった僕には、需要があった。だけど、年を取るにつれて、僕への世間的な価値は下がってしまったことに気がついたんです。だから、マッチングアプリを始めました。ヨシナリさんは、なぜマッチングアプリを始めたんですか?まだ若いですし、正直モテるでしょ?」
いや、モテるならアプリなど使ってない。モテないから、出会いがないからアプリを使ったのだ。
「アプリを使う時点で、モテていないじゃないですか。正直な話、始めたのはノリですね。友達と遊んだ時に、『出会いがないよね』という話になりまして。試しに登録してみました」
「それじゃあ、なんで自分がモテないんだと思いますか?」
「男の人にとって敬遠する要素が多いからじゃないですか?職業的にも、性格的にも。私と付き合うことのメリットを感じられないんでしょ。実際、たいしたメリットないと思いますし。よくネットに書いてある『モテる女10選』みたいなのにも当てはまらないですし」
私は愛想よい笑顔で、彼からの質問に答えた。この面接スタイル、既視感があるぞ。質問は今の方が下世話だが。
「それじゃあ、なんで僕はモテないんでしょうか?顔も悪くないし、東大卒だし、勤め先も有名企業です」
そういうところだって、と思う。そして、大体の人なら首を傾げて話題を終了させるのだろうが、馬鹿正直なので、感じたことそのままを口にした。
「そういうところじゃないですか?初対面の私は高橋さんのことを知らないんだから、助言もできないし、分析もできない。それを聞く相手は初対面の私ではないでしょ。その質問を私にぶつけて、何を求めているのか分からない」
「やっぱり?僕もそう思っていたところです」
高橋さんは乾いた笑い声をあげた。
「僕はプライドが高くて、負けを認めるのが嫌いです。僕は歳をとっているのに、求める女性像を変えようとしていない。だから、30歳を過ぎても結婚ができていないんですよ。僕の元々の人生設計では、もう子ども2人くらいいる予定だったのに」
「ちゃんと自分で分かってるじゃないですか。そこまで自己分析してるなら、スペックも高いですし、すぐに見つかるでしょ。アプリより結婚相談所にしたらどうですか?」
「いえ。恋愛をして見つけたいので、アプリを選択しました。結婚相談所を利用するつもりはありません」
他人のことを言えないが、この高橋さんも相当頑固で変わり者だ。彼も私に言われたくないと思うが。
「じゃあ、どういう人がタイプなんですか」
「それも自分で分からないんです」
「それならまず、アプリを利用する前に、好みのタイプを明確化しておいた方が良いんじゃないですか。まあ私も、好きになった人がタイプみたいなところあるので、高橋さんの気持ちも分かりますけど」
「ヨシナリさん、僕より10歳くらい年下と思えないほどしっかりしてますよね」
就活の時にも面接官から「君、まったく緊張しないよね」と言われた。佐藤さんからも「しっかりしている」と言われた。
しっかりしている。一人でも生きていけそうと。皆からそう思われる。
そして、それは事実だ。私は一人でも生きていける。だが、それは私が強いからではない。
「しっかりしてると思われやすいから、私は彼氏ができないんですよ。私は甘えられる人じゃないとダメなんですよ、たぶん」
元から分かっていたことだが、この男とは、絶対に付き合えない。頭の良さや難しい会話でもラリーが続くことは、私にとって大事な要素だ。けれども、それだけでは足りない。
「僕は、甘えられる人ではないですか」
「高橋さんのことを言っているわけではありません。私が自分の希望全般を語っているだけです」
そうですかと彼は頷き、少しだけ周りを見た。
「僕たち、このお店に長居しすぎてますよね。どうですか?この後、カラオケとか行きませんか」
時計を見ると10時を回ろうとしていた。もう3時間はイタリアンにいることになる。
「もちろん、終電までで」
「すみません、初回からカラオケは、ちょっと」
「そうですよね。じゃあ、出ましょうか」
高橋さんは、意外にもあっさりと引き下がってくれた。
彼が立ち上がる前に、私はバッグから財布を取り出した。
「私も払います。割り勘にしましょう。奢られるの好きじゃないので」
「良いですよ、僕が払います」
「いえ、博物館代も払ってもらったので。食事くらいは割り勘にさせてください」
食い下がる私に、彼は笑った。
「じゃあ、こうしましょう。僕と次回もデートする気ありますか?2回目のデートをする気がないなら、この場で博物館代もご飯代も返してください」
妙案とばかりに彼は得意げな表情だったが、私は唖然とした。
返すもなにも、私は先ほどから「払うこと」を主張しており「奢ってもらうこと」を希望していない。彼の言動はフェアではない。
「それはズルいんじゃないですか?それを言われると、私はお金を渡しづらくなります」
「ええ。そうでしょうね。僕は次回も会ってほしいから、このような選択肢を提示してるんです」
「じゃあ、その選択肢にはのりません。私はお金も払って、高橋さんともう一度会う。私は払いたい。高橋さんは会いたい。ウィン・ウィンでいきましょう」
五千円札を差し出しながら、私は舌打ちをしたくなった。もう一度会うなんて、冗談じゃない。
「まったくウィン・ウィンじゃないです。ヨシナリさんの希望は叶いますが、僕には二度目会ってくれるという確証はありません」
「私が払わないことが、高橋さんに二度目がある確証にもならないでしょ。食い逃げしたら終わりなんだから」
「いえ。たった半日過ごしただけの僕が言うのもアレですが、ヨシナリさんは真面目で賢いし、かなり合理的・論理的な性格です。食い逃げなんて真似はできないでしょ」
デートにおける「食事代払う・払わない問題」は鉄板だ。ネット上では、男性側が奢るべきとか、割り勘がベストだとか、諸説ある。だが、かつて初回のデート(と呼びたくもない)にて、ここまで舌戦を繰り広げる例があったのだろうか。
「会う会わないは、個人の心の問題です。対して、払う払わないは、現状として存在している問題です。視点の異なる問題を比較するのはおかしいと思いませんか?だから、私はもう一度会うけれども、お金は払います」
佐藤さんの時よりも強い意志を持ち、自分より年上の男に五千円札を押しつけた。
「……分かりました。絶対に、次も会ってくださいね」
「会いますよ、会いますから。安心して受け取ってください」
こうして、私たちの初回デートが終わった。
※
ついにヨシナリに春が来るのか!?彼氏ができるのか!?!?
さあ、どうなる。