Weekly Yoshinari

Weeklyじゃなくてさーせん🙏🏻

かちぐみ

高校時代の友達は一生モノ。

高校教師の口癖を、私は信じていなかった。

教師が主張するところによると、大学や社会人でも友達はできるけど、青春時代の友達だけが、何でも話せる相手になっていくのだという。

それでは、友達のいない私は、何でも話せる相手ができずに終わるのか。

頬杖をついた私は、教壇に冷めた視線を送る。

正確に言うと、友達は、いる。男友達は一人もいない。皆女の子だ。クラス内には、一人だけ。クラスの外には、七人ほど。合計十人にも満たない。彼女たちと一生の友人になれるとは、思えなかった。私と友達の間には、いつも薄い壁のようなものがあった。

大学進学で地元を離れた。卒業式では、もう二度と会わないだろうと思っていたが、意外にも交流は続いた。

「今度、〇〇と会うんだけど、ヨシナリも来ない?」

「〇〇が私たちのいる所来てくれるんだって。ヨシナリも会う?」

誰かと一緒なら会う。でも、個人的に会う気はない。私は他の友達のオマケである。

大学入学直後は、例えオマケでも、会ってくれることに喜んでいた。自分には、知り合いがいなかったから。

しかし、大学の生活に慣れると、自分の気持ちに変化が現れた。自分の世界は広がった。オマケなら会わなくてもいい。大学には、壁を感じずに交流できる人が多くいる。過去の関係より、今の関係が大事だ。

高校時代の友人はこだわる必要性がなくなると、自然と疎遠になった。友人達が地元に残る中で、私だけは外に出たまま帰らなかったことも関係しているだろう。Twitter等の公開の場において、私以外の皆はやり取りをしていたが、私は呟きに反応されることすらほぼなかった。

彼女たちと会うことは、一生ないかもしれない。

そう思っていたため、11月末にAからLINEが来た時は、予想外すぎて驚きの声が漏れてしまった。

「久しぶり!元気にしてる?ヨシナリに会いたいなと思って」

地元の大学から地元企業へ就職したAと最後に会ったのは、二年前だった。大学で地元を離れてからも、一番多く会っていた友達だったが、それでも二年前であったことに驚いた。いつから、こんなに、時間の流れが早くなったのだろう。

「私もAに会いたいよ!年末年始は地元に帰るから、どこかご飯いこう!」

「本当に!?ありがとう!」

せっかくならばと、共通の友人のBも呼ぶことになった。私とAとBは、中学も高校も同じだ。文字通り、青春の全ての時間を共有している。

高校時代の友達は一生モノ。

教師の声がこだました。

 

久しぶり。

私たちの第一声はそれだった。

AもBも、変わっていない。学年の中でも一番可愛いと噂の的だったAは、今もはっとするほど美人だった。人当たりが良く、皆のマスコット的存在だったBは、変わらず抱きしめたくなる可愛らしさだった。

AとBも約二年ぶりの再会らしい。私とAは二年ぶり、私とBは三年ぶり。技術職のAとデザイン職のBと事務職の私では、仕事内容は全く違う。

私たちは、クラスの中心で笑っているタイプではなかった。こじんまりと、仲間内だけで集まるタイプ。ともすれば、青春時代の行事の思い出に話を咲かせることにもならない。

残ったのは恋愛話だけだった。二人とも「たぶん、何もなければ今の彼氏と結婚することになるかな」と口を揃えた。

「ヨシナリは会社に良い人いないの?」

「いたとしても、私から声掛けられないし」

「じゃあ、バチェラー出たら?ヨシナリならいけるでしょ」

「あれ、楽しそうだよね!」

「え、一緒に出ようよ!」

Aは彼氏がいるのに、そんなことを言いながら、スマホで応募画面を検索し始めた。美人だが、飾らない性格のAは、友人の中でも破天荒だと有名だ。

「Aはいつ頃結婚するの」

彼氏と同棲中のBは聞いた。

「あと二年後くらいかな。まだないかな。Bちゃんは?」

「私ももう少ししたらかな。今の仕事あるし。同棲と結婚って、何が違うんだろって感じになってて」

 Bがスクリュードライバーをかき混ぜていたストローを止めた。

「私と仲良かった××いたじゃん」

××さんのことは、私も覚えていた。挨拶程度は交わしていたし、廊下ですれ違ったら会釈もしていた。隣のクラスだったので、移動教室で会うこともあった。大人しそうなイメージ。可愛らしい顔の輪郭を頭の中で思い浮かべる。

「××さん、覚えてるよ」

Aも頷いた。それを確認して、Bは続ける。

「あの子、大学卒業してすぐに結婚したんだって。もうすぐ、子どもも産まれるんだって」

「へぇー、おめでとう!」

私は素直に、拍手した。挨拶程度の関係であっても、知っている人の出産には心が温まる。

「今も地元にいるの?××さんは」

「ううん、関西だって。旦那さんは公務員らしい。それに、働かないで良いって言われてるらしいよ」

なんと太っ腹な旦那だ。このご時世に、珍しい。Aも驚いたように、目を丸くした。

「じゃあ、××ちゃんは専業主婦なんだ」

「そうらしいよ。羨ましいな」

肯定したBは、ちょっとだけ自嘲気味に笑って、繰り返した。本当に、羨ましいよと。

「なんか、女の幸せを掴んでるって感じ。勝ち組だよ」

「ほんとだよね」

「ほんとだね」

Aに乗っかって、私も同意した。無意識のうちに、グラスを手元に引き寄せていた。

私って、こんなに喉が乾いていたっけ。生ビールもカクテルもノンアルコールも飲んだはずなのに。

「良い人見つけて結婚するのって、なんだかんだで、女の憧れだし、女の幸せだよね」

「そうだよね」

答え方はこれで合っているだろうか。

「二人とも、彼氏いるんだから、もうすぐじゃん。結婚式は、私も呼んでね!」

笑顔を崩さないように言い切ってから、水を飲んだ。

誰か教えてください。

彼氏もいないし、モテないし、出会いもない私は、不幸せですか。

 


翌日、私は大学時代の友人のXに会った。

「久しぶり!!」

「ヨシナリ卒業式ぶりやん!!元気してた!?仕事忙しいんやんな?大丈夫?」

「忙しいけど、めっちゃ元気やで!ほんま会えて嬉しい!」

地下鉄の改札口できゃあきゃあ挨拶を交わし、私とXはカフェへ向かった。

近況報告から始まった。仕事が大変なこと。皆がどうなっているか気になるということ。そして三時間後くらいに、私はふと昨日の話を持ち出した。

「あなたは負け組だねって言われてる気持ちになってしまった。私は女として負け組なんやろうか」

「何を言うてんの。勝ち組か負け組かなんて、他人が決めるもんちゃうし。それ、ヨシナリが馬鹿にされてるんちゃう?」

「そうなんかな。Xやったら、こういう時どうする」

「私なら縁切る」

Xは即答した。真面目な顔で紙コップを潰している。珈琲はとっくに飲みきっているらしい。

「価値観違う人と付き合ってても、疲れるし。メリットもないで。ヨシナリの代わりに、その子たちを殴りたいくらいや」

「細いから折れてしまうで。やめといて」

そんな軽口を叩きつつ、時刻を確かめようとスマホを開いた。すると、LINEに二桁以上の通知バッジが表示されていた。

こんなにLINEがたまるような用事があったっけ。

不思議になって確かめると、見慣れないグループが出来ていた。

グループ名は「〇月✕日・Aの結婚式準備」だった。

え、どういうこと。

昨日は私に、一緒にバチェラー出ようとか言ってたし、結婚はまだだって言ってたじゃない。本当は、もう日取りまで決まってたの。

グループに招待された記憶がないことに疑問を抱いたのもつかの間、すぐに思い当たる。今まで使っていなかったグループの名前を変更したものだと。変更した上で、結婚式に呼ぶ人を追加しているらしい。

指が凍りそうだった。

私は、メッセージが50を超えたトーク画面を開く。「ここからが未読メッセージ」から一番最後の「おめでとう」まで、一気にスクロールした。

「本当に結婚するんだ〜!おめでとう!!」

「CとJは余興しようよ!」

「すごい!!おめでとう!!」

「プロポーズされたんだ、良いなぁ」

「FとIとGはムービー作って〜」

ねぇ、なんで私はこのグループにいるの?私抜きで作り直せばいいじゃない。余興もムービーもスピーチもウェルカムボードも頼まないんだから。あっ、そうか。私が昨日、結婚式に呼んでねって言ったから、本当は呼びたくないけど、仕方なく招待者名簿の末席に加えた感じ?

黒色の感情が渦巻いていく。表情を失っていくのが、自分でも分かった。

「ヨシナリ、どうしたん」

Xが、心配そうに私の顔を覗き込む。

「……さっき話した高校の友達、結婚するらしい」

「……嘘やろ」

「ほんまやって。いまLINE来てん。私の存在空気やけど。これ、馬鹿にされてるやつか」

「ほんまに、もう縁切ろう。スマホ貸してくれたら、ヨシナリの代わりにグループ削除するで」

「LINE脱退代行業できるやん。儲けよう」

「最近、他人の代わりに怒られるサービス業とかやったら儲かるんじゃないかなって、ちょっと思ってんねん」

一緒にいるのがXで良かったと思った。

 


高校を卒業して、六年が経つ。

彼女たちにとって、私はまけぐみだ。頭も悪く、外見も人並み以下で、他の子の個性を邪魔しない存在。自分より下の存在がいることで、ちょっとだけ皆に安心感を与えられるようなセーフティネット

自分は、そういう役回りだった。オマケの立場に甘んじていた。狭く浅い付き合いしか出来なかったのは、自分のせいだと思っている。だから、文句は言わない。

だが、今の私は、事を荒立てないために微笑んでおけるほど、心優しくはない。

 

拝啓 

私は、東京のど真ん中で働いて、終電で帰って、結婚の予定もたっていない女になってます。皆には、信じられないような生き方ですよね。

私が大学入学後にたくさん友達ができた時、「ヨシナリってあんな明るい子じゃなかったよね?」とお話していたそうですね。「あんなに女の子っぽい格好する子じゃなかったよね?」とも。風の噂で聞きました。

実は、私って、こんな子なんです。知らなかったですか。

いつの日か、先生が言っていましたね。高校時代の友達は、一生モノだって。その言葉どおりの美しい関係を見せてくれてありがとう。今の職業を選んだのも、努力が報われる社会になって欲しいと、皆と一緒にいて考えたからです。私の価値観を作ってくれる大事な存在でいてくれて、ありがとう。

それでは皆さん、いつまでもお元気で。敬具

 

一言も発していないLINEのグループに、私の名前はまだ残っている。