Weekly Yoshinari

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【決行】カンボジア逃亡計画②(プノンペン観光編)

前回はこちら

yoshinari.hatenablog.com

配車アプリ「Grab」を使ってトゥクトゥクを6時間貸し切り、さっそく観光を開始することにした
さて、人生初のトゥクトゥク。しかも貸切。
トラブルが起きないはずがないのだが、この話はまたあとで。

 

本日の行先は、トゥールスレン虐殺博物館とキリングフィールド(正式名:チェンエク虐殺センター)の2か所だ。
今回、カンボジアへ来た目的は、このポル・ポト政権時代にまつわる2か所を回ることだと言っても過言ではない。ギリギリまでガイド付ツアーに参加するか迷ったのだが、自分のペースで周りたかったため、トゥクトゥクだけ手配することにした。

トゥクトゥクとは三輪自動車を利用したタクシーであり、東南アジアの代表的な交通機関だ。当然のことながら、私はトゥクトゥク初心者だ。観光ガイドなどには「トゥクトゥクに乗り込む際にはひったくりに注意!」という注意喚起も載っており、乗る前から警戒心MAXだった。おそるおそる乗り込むと、

「Hey! Bag!! Bag!!!」

貸切トゥクトゥクのドライバーと談笑していた別のトゥクトゥクドライバーが私の方をしきりに指さしてくる。このドライバーは一体、何を必死に伝えようとしているのか。

首を捻っていると、貸切ドライバーが振り向いて、私のバッグを指さした。

「Be careful.」

ようやく気がついた。バッグのチャックを閉じていなかったのだ。まるで頭隠して尻隠さず。あんなに乗車時に警戒していたのに、なんて不注意だ。

「気がつきませんでした、教えてくれてありがとうございます!」

「気がついて良かった!ひったくりに合わないように、バッグは閉じるんだよ!」

白い歯を見せながら親指を立てて見送ってくれた優しいドライバーに手を振り、気を取り直して出発だ。

 
最初に向かったのは、トゥールスレン虐殺博物館。ポル・ポト政権下で粛清の舞台となった場所だ。ポル・ポト政権以前は高校校舎だった建物を粛清の場として使ったという事実を聞くだけで、背筋が凍る。

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床や壁には血の跡が残っていた。何万人もの国民がこの場所で殺された揺るがない証拠だ。
私は本を読み、トゥールスレンが虐殺の場所だと知った上でここに来た。だから、むしろ高校校舎として使われていたことをイメージできず、元々虐殺の場として作られたのではないかと思うほど、至るところにある血痕や引っかき傷が建物に馴染んで見えてしまった。高校校舎と刑務所という正反対のイメージを当たり前のように受け入れてしまえるのは、凄惨な虐殺の証拠が残っているからだろう。

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教室は当時、独房に変えられた。旅行後、何も知らない友人にこの写真を見せると「独房なのに、床の色が明るいんだね」と言われたが、現地の空気は淀んでいた。狭く、暗く、息が詰まりそうな空間。写真で伝わらないことが残念だ。

この独房では他人の気配を感じない。自分しかフロアにいないと思ったら、実は他の観光客がいたという、心臓がビクりとする瞬間を何度も味わった。独房に入れられていた罪なき囚人達も、看守が自分のところへ来なければ良いなと願い、息を潜めていたのだろうか。

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現在の中庭の様子からは、虐殺があったことなど想像できない。そう、まるで平和な学校の中庭のようだ。この静寂が、平和を創る。この場所は、平和を願う人々が集う場所として、今後も歴史を語り続けることだろう。
音声ガイドを聴きながら、全てをくまなく見ると1時間以上はかかる。ツアーだと所要時間が45分となっていたところ、自分で回ることにした選択は間違っていなかったと実感した。


さあ、次に行きたいのは囚人が実際に殺害されたキリングフィールド。
私はGrabで貸切ドライバーに迎えに来てほしい旨のメッセージを送った。
ここでトラブルが発生する。
貸切ドライバーが迎えに来ないのだ。既読すらつかないし、アプリ内の電話をかけても繋がらない。
観光地の周りには、客引きしているトゥクトゥクドライバーがたくさんいる。博物館を出ると、我先にと「ニード、トゥクトゥク?」と声をかけてくるほどだ。
Grabなどのアプリでトゥクトゥクを呼んでも、だいたい5分もたたずにドライバーと落ち合うことができる。
それなのに、10分待っても来ない。
待ちぼうけを食らう日本人の若い女は、良いカモである。
「ニード、トゥクトゥク?」
「ノー、予約しているから」
と客引きドライバー達をあしらっていたが、もはやカモというより純粋に心配されるようになり、次々にドライバーからキャンセルを薦められた。もちろん「キャンセルして自分を雇ってね」ということだけれど。
「何で予約したの?Grab?」
「そう。6時間貸切にした」
私の周りに数人のドライバーがやってくる。
「この日本人の女の子、10分以上も待ってるんだよ」
「電話は?電話した?代わりにかけようか。彼の番号を教えてくれ」
この中年ドライバーは、私の代わりに電話をしてくれたが、やはり繋がらなかった。
「ノー、ノー。ドライバーだってキャンセルするんだから、あなたもキャンセル」
「これはもうこないよ。こんな暑い中、これだけ待たされてかわいそうだよ」
彼らはGoogle翻訳を使って、日本語でコミュニケーションを取ってきた。
確かに、気温は40度近く。水も持っていない。これ以上待つのは厳しいかもしれない。

しかし、私は貧乏性だ。すでに6時間貸切のお金を払っているので、無駄な出費は避けたい。それに、客引きドライバーに付いていくとぼったくられるかもしれないという不安もある。だが、他に移動手段はない。
貸切ドライバーにメッセージを送信してから20分が経過した。熟考の末、私は電話をかけてくれた中年ドライバーに頼ることにした。そして、彼のトゥクトゥクに乗り込み、少し進んだところだった。
貸切ドライバーから電話がきた!
「ハロー?」
「ハロー!今どこいるの?」
質問したが、雑音混じりで貸切ドライバーの声を聞き取れない。
「私、ずっと待ってたし、メッセージも送ったし、電話も2回くらいしたけど繋がらなくて、今、別のドライバーさんにピックアップされたの。でも、博物館からまだ近い位置にいるから、あなたが今、博物館の前にいるなら引き返す。博物館に来てくれない?」
人間、ピンチに陥ると何とかなるものだ。脳内にアメリカ人が降臨したかのごとく、必死でブロークンイングリッシュをまくし立てた。さらに、助けてくれた中年ドライバーに対しても
「今、貸切ドライバーから電話があって、博物館の前に来てくれるらしい。申し訳ないんだけど、引き返してもらえない?」
中年ドライバーは不服そうだったが、引き返してくれた。
貸切ドライバーと博物館の前で落ち合えた。中年ドライバーと貸切ドライバーが何やら言い争っていたが、クメール語なので分からない。双方、言い分はあるだろう。
何はともあれ、無事に貸切ドライバーと落ち合えて、一気に緊張が溶けた。
どうやら、貸切ドライバーは英語が分からないらしい。だから、私が行先のメッセージを送っているのに理解してもらえず、行先はどこなのかというやり取りを複数回繰り返した。
何とか貸切ドライバーと意思疎通を図り、ようやくメッセージに行先を記載していることを理解してもらい、今度はキリングフィールドへ向かう。
とてつもなく喉が渇いていたが、途中で水を買いたいという要望を伝えられず、そのままキリングフィールドに到着した。降りてすぐに、謎のドリンクを購入。

グリーンティーなんて見え透いた嘘をつくな! ピンク色のザクロジュースやないかい!!砂糖どんだけいれたんだよってくらい激甘やんか!!!

なお、この謎のOISHIブランドはメジャーなようで、至る所で多様なラインナップを見かけることになる。

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灼熱の中、音声ガイドに耳を傾けながら、キリングフィールドを歩く。想像していたよりも広大な敷地だが、残されている虐殺の場所はとても狭い。

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こんな狭い場所で、数え切れないくらい多くの人が死を待っていたのか。命が尽きる前、最後に目にした光景がこれだったのか。
歩き回るうちに、スニーカーが砂埃で汚れてくる。きちんとした服を着ている今ですら、歩くのが辛い場所だ。やせ衰えた無実の囚人は、どれほど大変だっただろう。書籍や映像で得た行為が、目の前で繰り広げられていたのだと思うと、やり切れない。
写真は慰霊塔しか撮っていない。赤ちゃんの頭をぶつけて殺害するのに使われた木や、穴のようになっている柵に囲まれた拘置所、そして現在も地面から顔を出す衣類の布切れなど、殺害された人のことを考えると、カメラを向けるのが憚られるものばかりだったからだ。

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プノンペンの外れにあるキリングフィールド。たくさんの人がこの地を訪れ、人類の過ちの記憶が受け継がれていくことを祈りたい。


1時間ほどかけてキリングフィールドを歩き周り、体力的にも限界に近づいたので、ホテルへ戻ることにした。

「ありがとう、トゥクトゥク乗るの初めてだったけど、楽しかったよ」

「こちらこそありがとう。高評価よろしくね!」

貸切ドライバーとお別れした後、少しだけ散歩して川辺の景色を写真におさめた。川辺には、たくさんのお店が並び、お祭りのような状態になっていた。

※治安が悪いので、女性一人で出歩かない方が良さそう。私は話しかけられても、全て無視した。

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散歩を短時間で終わらせ、少し早めの夕食へ向かう。絶対に行きたかったレストラン。「地球の歩き方」にも紹介されている、カンボジア料理レストランの「MALIS」だ。

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日本にいた時からお洒落な料理に目移りしていた私だったが、注文はサラダとアモックとスイーツセットに絞ることにした。3品くらいなら余裕で食べられるだろう、しかもその内1品はサラダだし、と楽観視しながら。

しかし、私と同じくらいの背丈の店員さんから「量が多いよ。アモックは1個に変更しようか?私があなたなら、たぶん食べきれないわ……」と忠告された。

いやいやメニューに掲載しているアモックはそんなに大きく見えないし、大丈夫じゃないの?とこの時点ではまだ楽観視していたが、現地の人のアドバイスには従うべきだと思い、1個に変更してもらった。

このアドバイスは聞いておいて正解だった。ありがとう、カンボジアのお姉さん。アモックの量を減らしてもなお量が多かった。(※本来、カンボジアの高級レストランなんて、女ひとり旅で来るところじゃないからね!カップル・友人で来るところだよ!量が多いなんて、当たり前だね!!

だが、どのお料理も、日本で食べたことのない新鮮さも相まって、とても美味しかった。
想像していた味と違ったナンバーワンは、青いマンゴーと干し魚のサラダ。すっぱいと思っていたら辛かった。でも、アンコールビールとの相性が最高だった。ひとり旅でなかったら、たぶんもっとビールを飲んでいたはずだ。

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絶品だったアモック。フィッシュカレーのようなカンボジアの伝統料理で、ご飯と一緒に食べる。それ、カレーやん?でも、アモックって言うねんて。私にはカレーよりお洒落な食べ物という印象が植え付けられた。

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これを見て、MALISへ行くことを決めた。カンボジア胡椒のクレームブリュレ。大きいし、甘辛だし、最高に美味しかった。手前のムースは、ジャスミンの上品なお味だった。

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私でも、一人で異国へ来られた。なんとか自力でやり切れた。

トゥクトゥクにも乗れた。観光もできた。行きたかったレストランで舌鼓も打った。

全て、日本にいたら経験できなかったであろう非日常だ。こんな別世界で息を吐き切ることができるなんて、なんて幸せなのだろう。
充実した気持ちでホテルへ戻り、長い1日が終わった。

(続く)