選挙の日は、うちじゃなぜか、投票うぃって外食する。
参議院選挙の投票を終えた私は、平成のアイドルの名曲を心の中で歌う。ピース、ピース。
そのまま、近所のサイゼリヤへ向かった。頼んだメニューはいつも通り、にんじんサラダとマルゲリータピザとペペロンチーノ。チーズは最高だね。
炭水化物を心ゆくまで摂取し、帰路へ着く。
ピース、ピース!
これが、異動前最後の休日の昼下がりであった。
環境ががらりと変わる季節がやって来た。
信州から東京へ越してきた時は、新しい職場へ行きたくないあまり、異動前日にドバイ産ポテトチップス黒トリュフ味を貪っていた。楽しみより、憂鬱感が勝っていたような気がする。
しかし、実際に仕事をしてみると、想像していたほどの絶望感はなく、愚痴を言いつつも円満に1年間を終えることができた。
異常な量のコピー取りやテレワーク非推奨の雰囲気など、昭和時代から時計の針が進んでいないのではないかと錯覚する文化は多々見られたものの、課内の先輩や上司は気さくに話して下さったので、人間関係のいざこざが生じなかった。どうでもいいアレコレの会話でも、上司や先輩と盛り上がることができたことが、今回の職場において一番良かったことであると思う。
「次にヨシナリさんが地方勤務するのは、5年後とか?もっと先?」
「早くて5年後とかですかね」
総合職採用者が地方勤務をするのは、若手で1〜2年間、中堅で1年間と決まっている。
「次、地方勤務をする時も、うちの支社においでよ」
「これから大変かと思うけど、身体に気をつけて頑張ってね」
「いつでも飲みに誘うから!」
多くの上司や先輩が、優しい一言とともに送りだして下さった。お世辞でも、またいつか一緒に働きたいと言ってくださるのは、若輩者の自分にとって、とてもありがたいことであった。
そのような中、ただ一人、課長だけが私に別の言葉をかけた。
「大変でも、これが君の選んだ道だから」
池に投げられた石が深い波紋を描くように、心の中で課長の一言が広がっている。
これが、私の選んだ道。
本当に?
サイゼリヤから戻った私は、ディズニー映画を流しつつネイルのお手入れをした。これも、週末ルーティーンの一つ。環境が変わる時こそ、普段どおりの行動を心掛けなければならないと思うからだ。
その後、イタリア語と英語の見直しをしてから、買い物へ出かける。日用品の補充を終えると、晩ご飯をセレクト。お昼ご飯を食べすぎたので、夜はサラダチキンと野菜ジュースに抑えておく。最近のお昼ご飯は、ゆず胡椒味のサラダチキンが定番なのだが、一向に痩せる気配がない。サイゼの炭水化物大量摂取をやめろって?間違いない。
半身浴の後は、最近の週末では恒例のヨガ。オンラインヨガの会員になったものの、「立ち木のポーズ」が「枯れ木のポーズ」になってしまう体幹のなさを痛感している。
こういう、何もない日々って、最高だよね。ピース!ピース!!
そこへは行きたくない。希望者ゼロ。だが、そこへ行くのは自分なのだろう。
異動先の内示日に、予想どおりの内示先を告げられた私は、思わず苦笑した。苦笑が喜びの笑みだという誤解を産み、「希望どおりで大喜び」という噂にねじ曲げられたことは心外だが、そこへ着任することになった。
「そこ」こと今回の異動先は、少し変わった部署である。
普段は驚くほど暇だ。どのくらい暇かというと、見かねた向かいの席の同僚から「週刊新潮」の目玉記事「自殺の連鎖が生んだ 『安倍=統一教会』歪んだ憎悪」を共有されたので、感想をメールで返信していた。我ながら、暇人すぎでは。
暇であることを公言しても、周囲は驚きもせず
「僕も本当は午後で帰りたいんですよね〜」
「私も今日は定時ダッシュするんで〜」
と似たような反応をしている。
何より課長から
「やることない時は定時で帰ってね!僕は、絶対に定時で帰るマン!」
と言われた。
嬉しいことは他にも。
昼休憩はきっちり1時間。
普通だろうと思われるかもしれないが、つい先日まで過ごしていた部署は、昼休憩が規則上45分間実質30分間だったので、個人的には大変喜ばしい変化の一つである。
テレワークし放題。
前日に、自席周辺の方々にメールやLINEで「明日はテレワークです」と連絡するだけでオッケー。細かい規則やらテレワーク業務日誌の提出やらがあった以前の部署とは、歴然とした違いがある。
直上は課長であり、部下はいない。
つまり、自分の案件は全て自分に裁量権がある。個人案件には非干渉且つ共通案件を持たない係長3人が同じグループにおり、グループをまとめる課長がいるというイメージだ。自己責任という重さはあるものの、「平素よりお世話になっております」から「平素より大変お世話になっております」への些細なメール修正をされることもないので、一匹狼の自分にとってはかなり気楽だ。
服装規定がゆるい。
花柄スカートを着こなした女性がオフィスを歩いており、もはや感動した。さすがの私も、ショッキングピンクのスカートで我慢して、花柄スカートは解禁していなかったのに。ここなら着られる!私の花柄スカートコレクション!!
ここまでホワイト要素を書き連ねてきたが、それではなぜ、誰も配属希望を出さないのか。
なぜなら、トラブル案件処理担当だからである。
私が暇なのは、組織や天候や日本や世界が平和だからという頼りない理由のお陰である。「別の部署とトラブル!」とか「大地震が発生!」とか「なんか分からんが裁定を頼んだ!」という時に、駆り出される運命なのだ。
そして、喧嘩や自然災害やトラブルが起こらないほど、この国並びに世界が平和でないことは、皆様ご承知おきのとおり。ピース、ピースなんて、幻想に近い。
「まあ、忙しい時でも三徹すれば乗り越えられる程度だから!」
前任者からの引継ぎにあやうく「まあ、それなら何とか」と洗脳されかけたが、「24時間戦えますか?」を超えているではないか。戦えませんよ、72時間も。
誰もやりたがらないはずである。
そのようなわけで、貧乏くじを引いた私は、トラブル案件処理担当係長になった。
今のところは、過去に炎上した案件を優しく取り扱って「最近どうですか?大丈夫ですか?」と連絡するという、可愛らしいお仕事をしているが、先行き不透明なために、嵐の前の静けさとしか思えない。
東日本大震災だって、新型コロナウィルスだって、誰にも予想ができなかった。だが、発生した。
何も起こらないなんて、ありえない。
だからこそ、私には課長の言葉が響くのだ。
「大変でも、これが君の選んだ道だから」
まさか。トラブル案件処理担当係長をするために、私はこの仕事に就いたわけではない。
この道を選んだわけではないのに。
内示が社内に公表されてすぐに、一通のメールが届いた。1年目でお世話になった上司からだった。
「異次元のフリーダムな部署ですが、君なら大丈夫」
いざ、トラブルが発生した時にどうしようかという不安は消えない。自分の手に負えないほどの事態が発生したらどうしようとも思う。
だが、尊敬する上司からの一言に、心は随分軽くなった。
着任後、案件を調べるためにフォルダを漁っていると(注:「週刊新潮」の感想執筆ではなく、きちんとお仕事はしております。)過去のメールが見つかった。
送信者は、1年目でお世話になった上司。内線番号も役職名も、今の自分の席のものと同じ。
たとえこの道を選んだわけでないにしても、無理かもしれないなんて言わない。私ならできるはずだ。
5年以上も前の同日、この席に座っていた若かりし日の上司に一歩でも近づけるよう、弱音を吐かずに邁進していきたい。
だけど、平和って大事だと思うのよ。
心の底から、ピース!!ピース!!!