信州に来たのは、約1年前のことだった。
初めて長野駅に降り立った時の絶望感(信州愛の強い方、申し訳ございません。)は、これから先も思い出の端々でよみがえるものだと思う。
今の会社に入った時から、東京以外の土地で勤務することは伝えられていたが、信州での勤務とは予想していなかった。どこかの政令指定都市で悠々と2年間を過ごそうと思っていた。それなのに。
困っていたのは、会社側も同じだった。東京本社からやって来た、初めての県外出身者。話しかける切り口も見つからなかったのだろう。異動当初は誰とも話さないまま一日が終わることも多く、当雑文からも分かるが、夏から秋の文章を読み返すと精神的に病んでいることが良くわかる。
徐々に私の性格や立場を分かってきたのか、地元出身者とも分け隔てなく接してくれる人も現れるようになり、心の持ちようも軽くなっていった。そして、自分自身も、友達探しのために信州に来たわけではないのだから、居場所を確保するためには仕事面で周囲に認めてもらうしかないことにも気がついた。
「東京とは仕事のやり方とかも違ったかと思うけど、他の部署の人からも悪い話は聞いていない。悪い部分を直すというより、良い部分を伸ばすようにして、これからも頑張ってほしい」
上司からの言葉に、1年前の自分の苦労も少しは報われたのかなと思った。
1年間を縁もゆかりもない土地で過ごし終えた今、達成感により晴れ晴れした笑顔をしているのかと思いきや、涙もろい性格なのでずっと泣きかけている。
あのカフェにはもう行けない、とか。雪で滑りかけながら通勤したな、とか。
この街から離れる寂しさのようなものとともに、また新しい職場での1年間が幕を開けるのだという絶望感が込み上げてくる。
どうしても、東京での職場環境と比較すると信州での楽しかった思い出は少なくなってしまう。もちろん、友達が遠くから会いに来てくれたり、職場の先輩が浜焼のお店に連れて行ってくれたり(海なし県で食べるお魚……笑)、おすすめのカフェ情報を提供してくれたり、部分ごとには良かった思い出もある。
善光寺には飽きるほど足を運ぶことができた。お戒壇巡りはプロの領域である。極楽の錠前は絶対に見つけられる技術が身についた(いらない。)。
食べ物ならば、おやきでも五平餅でもリンゴでもなくて馬肉にハマった。好きすぎて、遊びに来てくれた人全員に勧めた。似非ベジタリアンなので、基本的には植物性タンパク質しか摂取しない、この私が。東京でも、馬肉を食べられる居酒屋を探したい。
一方で、自分の心を豊かにする時間は減ってしまった。
職場の服はスーツだし、印象派の展覧会を見に行くこともできないし、アフタヌーンティーを提供しているカフェやホテルもない。
英語の勉強と海外ドラマの視聴、たまに読書のルーティンで暇な時間は消費された。それはそれで楽しかったが、たまにはアフタヌーンティーを囲んで友達と語らった後に、デパコスを探すようなこともしたかったなと思う。コロナの影響により、そんな日常はどこを切り取っても存在しないのかもしれないけど。
今回のタイトルである「Let me be your star」は、辛かった日々を支えてくれた海外ドラマのテーマ曲から取ったものだ。
私がこの土地から去っても、1年間を共に過ごした方々の生活は、信州で続いていく。彼らの環境は元に戻り、すぐに私の存在は忘れられてしまうのだろう。
それでも、どこかの誰かが「そんな奴もいたな」と日本酒を飲んだ一瞬にでも思い出してくれたら、とても嬉しい。
東京に戻ります。さようなら、信州。
たくさんの思い出を、ありがとうございました。