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【決行】チュニジア逃亡計画②(ボラれてたまるか!カルタゴ前編)

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チュニジアで初めての朝を迎えた。お部屋の中に蚊がいたらしく、起きた時には数か所の虫刺されができていた。痒い。ムヒを持ってきた方が良かった。
腫れが酷くならないことを祈りつつ、朝食を食べにレストランへ向かう。朝食はバイキング形式らしい。事前に読んだホテルのレビューでは「イチゴジュースが美味しい」とのことだったので、イチゴジュースに狙いを定めていた。
無事にゲットした。他の宿泊客も同じレビューを読んでいたのか、明らかに他のジュースよりも減りが早かった。あまりイチゴが好きではない自分ですら、この搾りたてイチゴジュースはごくごく飲めた。おかわりするほどだった。アフリカに来て変わったのは、イチゴの価値観だったか。

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写真を見てお分かりのとおりの激甘な朝食を腹におさめ、私は「InDrive」というアプリを開いた。
チュニジアUberやBoltが使えないので、観光客がタクシーを呼ぶならInDriveを使うことになる。公共交通機関は時間などが適当なので、安全性と効率性を考えるなら、タクシーが最適な手段だろう。
ただ、このInDriveは少々使い方が特殊だ。出発地と目的地を入力すれば、自分の依頼を見たタクシーが反応してくれて迎えに来てくれる……という流れは他のアプリと同じだが、特徴的なのは料金設定だ。このアプリでは、依頼の時点で自分の希望する料金を入力する必要がある。資本主義バンザイ!と両手をあげたくなる金額交渉システムなのだ。
例えば、アプリが「この距離だと相場は10ディナールですよ」と示してくるので、利用者は相場参考価格を見ながら自分の希望する金額を打ち込む。ここでドライバーがオッケーすれば、利用者は自分の希望料金で乗車ができる。
厄介なのは、ドライバーが捕まらない場合だ。この時、利用者は自分で支払える料金を上げていき、ドライバーからオッケーの返事をもらえるまで、依頼を出し続けることになる。もしくは依頼を確認したドライバーが送ってくる「16ディナールならオッケー」などというメッセージを許可することで、料金が決定する。いずれにせよ、料金が決定した後、アプリ上で合意したドライバーが迎えに来るという流れだ。
良い点としては乗車前に料金が決定するのでぼったくられる可能性が低いということか。
何となく面倒くさそうな予感はしたが、観光のためには仕方がない。


チュニジア2日目。本日の目的地はカルタゴだ。首都チュニスから車で20分程度の場所にあり、古代ローマの遺跡が世界遺産にも登録されている。世界史履修者の自分としては、チュニジアに来たからには絶対に訪れたい都市だった。カルタゴの近くには、チュニジアンブルーのドアが映えるシティ・ブ・サイドという有名な観光地もあるのだが、どちらかしか行けないのならカルタゴに軍配が上がった。
タクシーが見つからなかったらどうしよう。

ホテルのロビーで緊張しながらInDriveに行先を打ち込む。金額は相場として示された15ディナールを打ち込んだ。
待つこと一分かからず。私の希望はすぐに近くのタクシードライバーに許可された。
なんだ、Uberと変わらないじゃないか。このままタクシーに乗れずにカルタゴへ行けなかったらどうしようという不安は杞憂に終わった。

カルタゴの遺跡は数か所に点在している。有名なのはカルタゴ博物館とアントニヌスの共同浴場だが、チケットは各遺跡共通となっており、1枚買えば他の遺跡も見られるとのことだった。
私がタクシーで向かったのはカルタゴ博物館だった。博物館を最初に選んだのは、知識を得てから他の遺跡を回りたかっから……という高尚な理由ではない。ちょうど博物館を見終えられるであろう、昼食の前にトイレへ行きたいからである。一人旅ではトイレ問題を組み込みながら行動しなければならないのだ。
道路はあまり混んでおらず、20分程度で到着した。まだ10時頃。アプリで価格の合意が取れているので支払いで揉めることなく、15ディナールを支払い降車する。降車場所からチケット売り場はすぐ近くだった。
「博物館は臨時休業中だから、館内には入れません」
入館料12ディナールと引き換えに紙のチケットを受け取る。なんだと!さらば屋内トイレ。
博物館へ行けないとわかり出鼻をくじかれたものの、気を取り直して敷地内に残された遺跡エリアに入る。遺跡エリアは「ビュルサの丘」と呼ばれており、一帯にフェニキア人による遺跡が残されている。建設の始まりがカルタゴの名将であるハンニバルの征服とほぼ一致しているため、ハンニバル地区と呼んでいるらしい。世界史の教科書で読んだ知識が現地で繋がったようだった。ここにフェニキア人が暮らしていたのか。

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見晴らしが良く、映え写真を撮ろうとする観光客が大勢いた。ぼっち旅だと写真を撮れないので少し羨ましい。

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40分以上もビュルサの丘に滞在していたが、次の行先を決めていなかった。
さあ、どうするものか。
元々、遺跡の中でも有名なカルタゴ博物館とアントニヌスの共同浴場だけを回れれば良いかなと考えていたので、博物館に行けなかったのは想定外だったのだ。ビュルサの丘からアントニヌスの共同浴場は歩いて20分ほどの距離にある。時間に余裕があるし、散歩がてらゆっくり向かおうかと考えて、丘から出た。
博物館の敷地内には聖ルイス大聖堂というカトリックの教会もある。イスラム文化圏にある古代ローマ遺跡近くにあるキリスト教建築という混沌さが面白くて、イタリアで暮らしてキリスト教の教会を見慣れているはずの自分もついついスマホのカメラを向けてしまう。

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「こっちの方が建物全体おさめられるよ」
突然後ろから声をかけられる。振り返ると、敷地内の一角で露店を営業しているオジサンが手招きしていた。
「ほら、ここ。ここから写真撮ると良いよ」
「ありがとう」
立派な教会をカメラにおさめる。オジサン、ありがとう。
……といかないのが一人旅である。
「僕の店、あそこなんだ。ちょっと見ていってくれない?」
こうして私はカモになって付いていくのである。
オジサンの店は小さく、所狭しとお土産物が置いていた。
「これあげるよ、プレゼント」
彼が手に乗せてきたのは、「砂漠のバラ」と呼ばれる鉱物。チュニジアの露店で安売りされている有名な土産物だ。
「いや、いらないよ。いいよ」
後からお金を取られても嫌なので、手のひらすっぽりサイズの鉱物を突き返す。
「いいのいいの、記念に持って帰って。You are beautiful」
「いや、いらないよ」
「いいから、いいから」
オジサンは新聞紙で包み直し、再度私の手のひらにのせてきた。圧倒的カモなアラサー日本人女。私の後に続く、カルタゴを一人で旅する日本人女性の皆様、本当に申し訳ございません。
とは言え、露店の中に所狭しと並べられている土産物はなかなか面白かった。カモになった代わりに、土産物をじっくり眺められるようになったというわけだ。
「これはね、鏡になっているの。どう?あ、これはね、キーホルダー。買う?」
ここぞとばかりに売りつけてこようとするのは若干鬱陶しいが。
「これは何?」
私が指差したのは、サンドアートの小瓶だった。中にラクダの模様と「tunisia」の文字。マニキュアくらいの可愛らしいサイズ感で、これなら小さな荷物で来た私でも持ち帰れそうだ。
そして、オジサンはこのカモ女の「ちょっと良いかも」の雰囲気に目敏い。
「これ買うの?これはね、サンドアート。砂でできてる」
「割れるのが心配なんだよね」
「割れないよ、ちゃんと包むし」
そして、私が買うと言っていないのに、オジサンは小瓶を新聞紙で包み始めた。
待て待て、待て待て!!
「70ディナールね」
「は?70ディナール?17ディナールじゃなくて?」
反射的に言い返した。高すぎる。だって、約20分程度のタクシーが15ディナールの世界だぞ。こんなサンドアートの小瓶に70ディナール、日本円換算で3,600円も取られてたまるか。
「そんなお金もってない。払えない。買わないよ」
「カードも使えるよ?」
オジサンはカードの読み取り機を持ってくる。現金主義のこの国で、クレジットカード使用可とは。こんなボロボロの露店(失礼)に似つかわしくない、オジサンの並々ならない商売人根性に脱帽である。
だが、残念だったな。私のポーチにはディナールしか入っていないのだ。
「カードはもってない。本当に私はお金を持ってないの。これから帰りのタクシー代も必要だし……。だから買えない」
「60ディナールでどう?」
「買えない」
「55ディナール!」
「払えない」
「頼むよ、55ディナールでどうよ?」
「買えないよ」
オジサンは電卓を取り出した。
「君はいくらなら買えるんだ。これでどう?」
オジサンは電卓に50を打った。私はNoを突きつける。
「これでどうだ、40ディナール!もうこれ以上は無理だ」
約2,000円だ。それでも高すぎるが、オジサンとの問答が面倒くさくなったカモ女は、頷いた。
「ありがとう!」
40ディナールを渡すと、オジサンは笑顔でサンドアートの小瓶を手渡してきた。
「君はいくつなの?」
「29歳だよ」
「結婚してるの?彼氏はいるの?」
オジサンが若い女性のプライベートを詮索したがるのも万国共通なのか。
「結婚してないし、彼氏もいないよ。今は一人で海外で暮らしていて、日本人と出会うこともないからね」
「現地の人と付き合ったり、結婚とかは考えないの?」
「うん、考えない」
「どうして?」
「こうやってコミュニケーションが難しいでしょ?」
私が言い返すと、オジサンは「確かにその通りだ」と言わんばかりに頷きながら笑い出した。
もう二度とぼられてたまるか!サンドアートと小瓶をカバンにしまいながら店を出た私は、オジサンには毅然とした態度で価格交渉をせねばならないと気を引き締めたのだった。


オジサンから逃れた私は、徒歩で20分ほどの場所に位置するアントニヌスの共同浴場へ行くつもりだった。しかし、Googleマップの示す経路へ向かう人は見当たらない。他の観光客はどうやって遺跡観光をしているのだろう。駐車場には観光バスが止まっている。個人観光客は少ないのだろうか。
「ねえ、タクシー使わない?」
しまった。初心者感が出ていたのか、ここぞとばかりに私は声をかけられる。一度は無視したが、ヘイ!ヘイ!ミス!と背中に声が飛んでくる。
駄目だと分かってるのに、カモな日本人女は振り返ってしまう。自分の甘さが情けない。
「タクシー使わない?」
「いや、徒歩で……」
「話だけさ、ちょっと聞いてよ!英語わかる!?」
すばらしき営業精神。小太りの中年男性、通称タクシーおぢの登場である。
今度こそ、ボラれてたまるか。

(続く)